この形は伊藤一刀斎が女性に油断して騙され、蚊帳の中で寝ているところを襲撃されたときに、とっさにあみ出した動きを形にしたものだそうです。フランスの好村先生の小説『影と胡蝶』でわかりやすく書かれております。
相手が鎧兜で武装しているときにどうやれば勝てるか、それは喉と両脇、それから両手の内側の筋狙いを想定して形が構成されています。
最初は脇構えから相手が打ち込んでくるところを表(おもて)鎬(しのぎ)で下から払いあげて小手打ち。
次は同様に脇構えから、「龍(りゅう)尾(び)返し」という回転系の技で一旦打ち込んでわざと隙を見せたその右肩を打太刀が打ち込んできたところを、裏鎬で払いあげて小手打ち。
次の技は、「地生」と「逆之地生」で脇構えから、刃を上にして左右の内小手をすくい斬りにし、逆の手の手首の腱を斬りながら下に相手の両手を抑え込み、腱を斬りつつ引き抜いて小手打ち。
さらに、払捨刀の代名詞となっている「八相」という技で、相手の正面を打ち、すぐに股割りで腰を落としながら剣先で相手の喉を狙い、次の動きで、片方の足をもう一方の足の爪先の前で交差させながら敵の脇を切り抜け刀を返し、間髪を入れず身を回転させ、大きく逆の足膝をあげ伸び上がりつつ振りかぶり勢いをつけて思い切り上段からまた正面を斬り下す。これを左右繰り返す。足腰の屈伸運動の連続なので、これを連続で道場一周すると足腰がパンパンになり、竹刀剣道での掛り稽古のような非常に厳しい形となっています。ただ、子どもたちにはとても人気でこの、パン、パン、ツー、パン、パン、ツーというリズム感が楽しいのでしょう。これを竹刀稽古で剣道具をつけたままやってみても面白いと思います。
この払捨刀仕太刀の形には膝を大きく上に挙げて正面(鬼小手)を打つ技があります。
一刀斎が蚊帳の中で鎧兜をまとった暴漢複数名に襲われた際に、まず①初太刀で兜などで武装した頭や首筋を叩き切るために大きく勢いをつけて踏み込むこと、そして②股割りで沈み込み金剛刀に垂直に立てた剣先で下から防具のない敵の喉を突き上げ、さらに③返す刀で隙の生じたまたもや防具のない脇を袈裟斬りにすることで鎧兜で武装した敵の弱点をついて確実に倒し、また別の敵に立ち向かうということを表現しているであろう中で、最初の一撃の威力を増すためにどうしても必要な動作なのではないかと推測しています。
実際にやってみると②では本当に上に突き上げるという動作をした方が、③の脇を斬る時にとてもスムーズに斬りやすいこともわかりました。通常では②の「突き上げ」はとても危険なのでやりませんが本来は突く動作の追加が正解なのではと感じました。
また、剣道稽古で右足の踏み込みの弱い子供と強い子供がいますが、この違いもこの右膝の挙げ動作が大きい子と小さい子だということもわかっていますがこれを矯正するためにもこの払捨刀の膝を大きく上に挙げて大袈裟に打ち込む方法も良い方法ではないかと思います。 右膝を大きく上げて踏み込む動作が一刀流の技にわざわざ残されていることからも、やはり剣道においても膝を上げることの重要性を汲み取ることができるのではないでしょうか。
上に振り上げることができればあとは方向を前に変えるだけでダイナミックな面打ちに変容すること間違いなしです。この膝を大きく上げて踏み込むことの重要性については、平成の武蔵こと神奈川の誇る宮崎正裕先生が書かれた本『宮崎正裕の剣道』の踏み込み足のところにも出てきます。
この形は、一刀流の中でも非常にダイナミックな形なので、なるべくなら早い段階で始めてみるとよいと思います。足腰を鍛練する目的としても大変有効です。
日本剣道形を含む形の演武は厳かな雰囲気の中、緩急を交えて神妙にこなすというイメージをお持ちの方は、この「払捨刀」と、後述しますが「残心無し」の組太刀稽古法をご覧になると形演武のイメージが一変すると思います。
一刀斎は自分の油断、気のゆるみでそんな窮地に追い込まれ失態を演じたことを深く恥じて、忘れないように、どんな場面でも油断せず邪念を払って捨て去るようにとその形の名を命名したとのことです。
一刀流の極意の形となっています。
一本目:「脇構之摺上」
二本目:「竜尾返」
三本目:「地生」
四本目:「逆之地生」
五本目:「一文字」
六本目:「四ツ切」
七本目:「八相」
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